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    旧暦の七月は今の八月 七夕飾りに欠かせない竹

    竹は文様でも他のものと組み合わせてみたり、竹そのものを使ったりといろいろな文様がある。

    まっすぐに伸びる竹は古くから神聖な植物とされてきた木です。

    文様として

    • 竹に雀五月人形 国宝模写 竹雀赤糸威鎧模写

    竹林には雀の姿は見る自然な情景です。

    • 竹林

    梅に松とともに使う文様は吉祥文様です。

    • 竹に虎

    中国では虎は竹林に住むという。

    日本ではそのまま竹と虎が組み合わて意匠化される。

     

     

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    (岩槻工業団地内)

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    歴史と人形のまち 岩槻へようこそ 『杉並木』

    岩槻は江戸から九里、そのノド頭に当たる日光御成街道の宿場であった。

    日光に通じる御成街道 杉並木がある。

    岩槻城下の繁栄の名残りが感じられる。

    三代将軍家光が日光に東照宮を造営し、その街道筋に当たる宿場町であり、城下町の岩槻は想像以上のにぎわいを見せていた。

    東照宮の造営は寛政元年に始まり、寛政13年に終わるが、その間全国から集まる工人も多く、木材などの資材を運搬する人馬の往来で賑わい、完成後も参拝の客はあとをたたず、『日光見ずして結構というなかれ』といわれるほどの名所になって、死ぬまでには一度は日光を見ておきたいものだと、全国から引きも切らずに老若男女がやってきたし、将軍の主催する祭にも各地の大小名がはせ参じた。

    とくに何年かごとに行なわれる東照宮の修築には、全国から有名無名の工品がたくさん集められたから、地方都市にはめずらしく人々の交流もさかんであった。

    その杉並木のある御成街道を少し進むと東武動物公園がある。

    29日、東北北部と九州北部がようやく梅雨明けした。との発表がありました。

    すべての地域が梅雨明け一年中で一番暑い時期です。

    ところで、小木人形から車で20分くらいの距離に東武動物公園がございます。

    この暑い夜をお子さまと動物園も良いでしょうね。

    ライトアップされた夜の動物たちを観察してみるのも楽しいです。

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    (岩槻工業団地内)

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    歴史と人形のまち 岩槻へようこそ 『金剛院』

    岩槻の文化財となっている金剛院仁王門の金剛力士像

    金剛院

    埼玉県さいたま市岩槻区末田1899

    このお寺は、奈良長谷寺の末寺とされ金龍山金剛院妙音時と称し、本尊に虚空菩薩が祀られています。

    また、僧侶の学問所となっていたと伝えられています。

    仁王門は、元禄10年に徳川綱吉の生母桂昌院より寄進されたもので、両側に金剛力士像が安置されています。

    この像は力みなぎる筋肉や均整のとれた姿勢など、境内を守護する力強い特徴がよく表れています。

    —–  市報さいたま 岩槻区版より抜粋  —–

     

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    歴史と人形のまち 岩槻へようこそ 『武蔵第六天神社』

    この神社の創建は天明2年6月15日の御鎮祭と伝えられています。

    一陽来福を祈る参拝者が多いところです。

    『武蔵第六天神社』

    さいたま市岩槻区大戸1752番地

    その昔、岩槻城下の繁栄を極めたる当時、江戸城の鬼門寺として有名な華林山慈恩寺や、日光廟に往来した諸人は、日光街道を曲げて現在の元荒川沿いを下って岩槻城下の第六天神社に奉拝したという記録が残されている。

    また、戦国の世に、岩槻城主太田氏の将兵の信仰を得て、岩槻城下に暮らしを立てていた武士や町民や商人、農村の人々が、この草深い祠に奉拝して霊宝を賜ったといわれている。人形のまち岩槻 武蔵第六天神社

    殊に農民の豊饒為福、商人の商売繁盛を図るには第六天神社の御神札がなくてはならないぬものであった。

    年に一度、向かい天狗の絵馬と神札をおし戴いて家郷に持ち帰り、家内安泰・作物豊饒・災厄除去を祈れば、その霊験顕れて、秋の実りの収穫となり再び御礼に参り、年々信心者が殖えて、今日の第六天神社の大きな基盤となったのであります。

    境内には、樹齢数百年と言われる藤の花をはじめ、牡丹・紫陽花・躑躅・西洋藤と言われるキングサリの花が咲き乱れ、元荒川の岸頭には桜並木が続き、埼玉の自然百選、岩槻の観光名所として風光明媚なお宮であります。

    又、門前には、鯰の天麩羅、鰻の蒲焼き、鯉料理等で有名な老舗川魚料理店が立ち並んでおります。

    —— 武蔵第六天神社資料の抜粋 —–

    東武アーバンパークライン 岩槻駅下車
    岩槻駅より朝日バスをご利用ください。
    「越谷駅西口」行き又は「水上公園」行きでバス停「巻の上」にて下車徒歩10分

     

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    歴史と人形のまち 岩槻へようこそ 「岩槻城大構」

    江戸時代初期の『武州岩槻城図』に愛宕神社が記されている。

    「岩槻城大構(いわつきじょうおおがまえ)」

    埼玉県さいたま市岩槻本町3丁目21−25

    戦国時代の末から江戸時代の岩槻城下町は、その周囲を土塁と堀が囲んでいたが、この土塁と堀を大構(外構・惣構・土居)という。

    城下町側に土塁、その外側に堀が巡り、長さは約八kmに及んだという。

     

    この大構は、天正年間(1580年頃)、小田原の後北条氏が豊臣政権との緊張が高まる中、岩槻城外の町場を城郭と一体化するため、築いたものとされ、白の防御力の強化を図ったほか、城下の町場の保護にも大きな役割を果たした。

    廃城後は、次第にその姿を消し、現在は一部が残っているにすぎず、愛宕神社が鎮座するこの土塁は大構の姿を今にとどめる貴重な遺構となっている。

    東武アーバンパークライン(野田線)「岩槻駅」より徒歩3分

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    歴史と人形のまち 岩槻へようこそ 「龍門寺」

    龍門寺山門

    さいたま市岩槻区日の出町9-67

    寄居町正龍寺の旧末寺で山号を玉峰山と言い、本尊に釈迦如来が祀られています。

    境内墓地には徳川家重の側用人だった岩槻城主の大岡忠光の墓があります。歴史と人形のまち岩槻 龍門寺

    忠光は江戸南町奉行として活躍した大岡忠相と縁戚に当たり、個人的にも信仰があったと伝えられています。

    また、その大岡氏から寄進されたと伝えられる鎌倉時代の刀工助真の作品である名刀があり、国指定の文化財となっています。

     

    さらには、慈覚大師の作と言われる不動明王像など多くの文化財が残されています。

    —– 市報さいたま 岩槻区版より抜粋 —–

     

    東武アーバンパークライン(野田線)「岩槻駅」より徒歩20分

     

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    特別展「戦国図鑑―Cool Basara Style―」

    戦国図鑑 埼玉県立歴史と民族の博物館埼玉県立歴史と民俗の博物館(さいたま市)で今月18日(土)から戦国時代を中心に中世から近世までの武具・甲冑を多数展示の特別展が開催されます。

    特設コーナー「戦国BASARA 墨絵で見る皇の世界」では、戦国時代を舞台とする人気ゲーム「戦国BASARA4 皇」に登場する武将の世界観を、国内外で活躍する墨絵アーティスト、西元祐貴(にしもとゆうき)氏が表現した墨絵の原画約30 点を、初めて一堂に展示します。

    子供も大人も大いに楽しめるすご~く楽しい企画がいっぱいです。埼玉県立歴史と民族の博物館

    是非!!この機会のご利用でご家族皆さまで楽しい夏休みの一日にしてください。

     

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    歴史と人形のまち 岩槻へようこそ 「岩槻城城門(黒門)」

    人形塚から見る岩槻城城門(黒門)

    岩槻城城門(黒門)

    さいたま市岩槻区太田3-4

    岩槻城(別名:白鶴城)は室町時の末に築かれ、江戸時代には江戸北方の守りの要として、有力譜代大名の居城となりました。

    この城門は、岩槻城の城門と伝えられており、明治時代には埼玉県庁や県知事公舎の正門として、さらには旧岩槻市役所の通用門なとどして、移転、利用されてきました。歴史と人形のまち 岩槻 岩槻城址 黒門

    城門は木材部分が黒く塗られていることから、「黒門」の名で親しまれています。

    岩槻城址公園には、この他にも文化財として、岩槻城跡や岩槻城裏門、岩槻城跡のケヤキがあります。

    —— 市報さいたま 岩槻区版より抜粋 ——

    見所:柱や組財、飾り金具などに、重厚な城建築の面影を伝えている。

    岩槻城関係の数少ない現存遺構として貴重なもの。

    東武アーバンパークライン(野田線)「岩槻駅」より徒歩25分

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    歴史と人形のまち 岩槻へようこそ 「浄安寺」

    浄安寺 山門から眺める本堂

    浄安寺(さいたま市岩槻区本町5-11-46)

    このお寺の本尊には阿弥陀如来が祀られています。

    また、円空仏など数多くの寺宝や文化財が伝えられており、境内には児玉南柯の墓があります。

    このお寺の山門は「槍返しの門」とも言われています。

    ★ 児玉南柯は江戸時代後期の岩槻藩士で儒学者であり、後の藩校となる私塾「遷喬館」を開設し、藩士等の子弟の教育に当たった人物です。

    歴史と人形のまち岩槻 浄安寺

    ——- 市報さいたま 岩槻区版 抜粋 ——-

    時の鐘から徒歩2分余りです。

    今日はちょっと早い気もしますが、リリーンリーンと今年初めて鈴虫の美しい音色を聴きました。

    これからの毎日が楽しみです。

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    歴史と人形のまち 岩槻へようこそ  「慈恩寺」

    玄奘三蔵霊骨塔

    慈恩寺 (さいたま市岩槻区慈恩寺139)

    慈恩寺は天台宗の寺院で華林山最上院といい、天長年間に慈覚大師円仁が開山したと伝えられています。

    慈恩寺という寺名は、慈覚大師が学んだ唐の長安(現:西安)の大慈恩寺にちなんで名づけられたといわれて人形と歴史のまち岩槻 慈恩寺います。

    また、坂東三十三箇所第12番の札所としても知られており、参拝者も多く訪れます。

    寺内には市の文化財である南蛮鉄燈籠があります。

    これは、岩槻城主太田氏の家臣である伊達房実が岩槻城安泰祈願のために寄進したものといわれています。

    只今 本堂屋根瓦修繕中です!!

     

    ——- 市報さいたま 岩槻版 抜粋 ——–

    玄奘三蔵霊骨塔

    境内の十三重霊骨塔には、中国の古典『西遊記』でおなじみの三蔵法師玄奘の遺骨が分骨され、安置されています。

    西遊記(孫悟空物語)で知られる三蔵法師(玄奘)は、西暦602年中国に生まれ、経典を求めて、天竺(インド)を志し幾多の辛苦を克服して、17年に亘って仏典の蒐集研鑽に励み、しかも帰国後63歳で遷化されるまでに、大般若経(600巻)等千三百余巻の経典を訳した。

    その行跡は、中国日本佛教史上に不滅の光りを放つ不世出の高僧である。

     

    さいたま市バスのご利用が便利です。祝日,年末年始(12/29-1/3)以外の月-金曜運行。

     

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