岩槻藩 遷喬館 (さいたま市岩槻区本町4-8-9)
遷喬館(せんきょうかん)は、岩槻藩に仕えていた儒者・児玉南柯(こだまなんか)が完成11年(1799年)に開設した私塾で、後に廃校となりました。
最盛期には梅林を伴った敷地に武芸稽古所や南柯の自宅、観望台なども設けられていました。
現在まで残っている藩校は、埼玉県内では遷喬館のみで、昭和14年に件の史跡に指定されました。
遷喬館という名前は「詩経」の「出自幽谷遷于喬木」という一節に由来したもので、「学問を欲し友を求める」ことを「鳥が明るい場所を求めて暗い谷から高い木に飛び遷(移)る姿に例えたものです。
「ここで学ぶ子供たちに高い目標をもってほしい」という南柯の願いが込められたものと思われます。
―——- 市報さいたま 岩槻区版より抜粋 ——-
東武アーバンパークライン(野田線)「岩槻駅」より徒歩7分
(岩槻工業団地内)
赤ちゃん授乳室完備