お子さまの初正月飾りには破魔弓を贈ります ♪

お子様の初正月のお祝いには欠かせない祝品は破魔弓・羽子板飾りです。

初正月をお迎えの男児には破魔弓飾りを贈ります。

破魔弓の購入時期

一般的には母方の実家から贈られていたものですが、今では、両家で折半するなど様々です。

すでに店頭に整い飾られていますので、12月初旬には飾りつけができるように購入するとよいでしょう。

破魔弓のきまりごと

  • 飾り方

旧年の風に当てることから、12月の大安などの良い日に飾ります。様々な形状をしたケースが用意されています。

お好みに合わせてお選びください。人形のまち岩槻 小木人形 初正月飾り 破魔弓・羽子板

飾り場所は、かつての主流は床の間でしたが、現在の住宅事情では、床の間がない場合も多いと思われます。

その場合は、魔除けの意味からお子様の寝室や皆様に見て頂ける場所がよいでしょう。

  • しまい方

小正月(1月15日)過ぎにしまうのが一般的ですが、縁起物ですので、一年中飾っていても構いません。

収納する場合は、晴れた乾燥した日を選びましょう。

しまう際は、防虫剤は少なめにして乾燥した場所を選びましょう。

 参考資料 全日本人形専門店HP

破魔弓・羽子板、雛人形は2016年11月1日オープン予定です。

羽子板・破魔弓:11月1日~12月29日

ひな人形:11月1日~2月24日

期間中は無休で営業いたします。

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(岩槻工業団地内)

赤ちゃん授乳室完備 

10月23日は霜降 朝晩は冷えを感じます

人形のまち岩槻は人形本番の時期を迎えてまいります。

 

23日には二十四節気の『霜降そうこう』秋も終わり、初霜が降りる頃と言われますよう、だいぶ、日中は暖かいと思っても朝晩は冷えを感じます。

小木人形の前の欅も黄色、紅と色を変えてきています。

 

11月3日には人形のまち岩槻 人形供養祭と

徳川家康の「将軍鷹狩り行列」と、それを出迎える「岩槻藩行列」の二つの行列

の行事が行われます。

そのイベント前後からお子さまの初正月飾りの破魔弓・羽子板を求めるお客様で人形のまちは賑わいます。

 

羽子板・破魔弓:11月1日~12月29日

ひな人形:11月1日~2月24日

期間中は無休で営業いたします。

 

 

 

お子さまの初正月飾りの破魔弓・羽子板、2017年度雛人形予約会を11月1より営業いたします。

 

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いろはかるた 『 そ 』 歴史と人形のまち岩槻 人形塚

全国に知られる「人形供養」は秋。毎年11月3日に、人形塚の前で古い人形の冥福を祈り、いつくしんだ人形を供養します。

岩槻人形供養祭

毎年11月3日(祝)に岩槻城址公園内の人形塚前において、全国の人形愛好家の方々の、捨てるにしのびないという優しい気持ちに応えようと毎年開催。人形のまち岩槻 人形供養祭

当日は古くなって飾らなくなったり、壊れたり、使わなくなった人形をお持ちいただき、人形塚脇の黒門の周りに並べます。

約20名の僧侶(岩槻仏教会)の読経のもとに参加者が焼香し、人形の持ち主は受付の際に渡される供養札を、天児(あまがつ・日本の人形の原形といわれ、子どもの健康と幸せを守るもの)に見守られながら、お焚き上げして冥福を祈ります。

歴史と人形のまち岩槻 「岩槻城城門(黒門)と人形塚」

 

 

 

日時 11月3日(祝) ※雨天決行

午前10時~午後2時(式典は午前11時~正午)

場所 岩槻城址公園内 人形塚及び黒門周辺

 

資料抜粋 岩槻人形協同組合 HP

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ひな祭り・雛人形の由来と歴史 Ⅳ 立雛と座雛 ♪

雛のかたちは、立雛と座雛

「立雛」は主として紙で作られたもので、一名「紙雛」とも呼ばれます。立雛の方が歴史は古く、形から推察しても天児人形のまち岩槻 小木人形 立雛あまかつ・婢女ほうこからきた男女一対の雛人形のように見えます。

きわめてシンプルな形で、厚紙で胴体をなし、そこへと桐塑頭・木で作られた頭を差し込み、面相を整え髪つけをしたものです。

座雛は寛永(1624年)以後に作られたもので、抽象的な立雛に比べて、写実的な彩りにつつまれています。

面白いのは、上巳の節句、雛遊と雛の対象が貴族、武家にとどまっていた頃は立雛で、それが武家から庶民の手に移って、庶民の創造から生まれたものが座雛であるということです。

しかし、座雛がつくられてすぐに立雛が無くなった訳でなく享保(1716年)頃までは立雛と座雛が対等に飾られています。

そして享保以後は座雛が主、立雛が従となりました。

こうして色々と形が整えられて古今雛(1764年~1772年)に至って男雛・女雛の一対雛人形が様々な人形や調度品・道具が加わり豪華なものになってまいりました。

ところで、上方と江戸では雛人形の飾り方が異なり、上方は御殿飾りの二段飾り(御殿内に雛一対を置き、その他に官女・左大臣・右大臣・桜橘を置きほか座敷に天児・這子・犬張子・市松人形・御所人形・お公家様の調度品を置く)、江戸では、五段飾り・七段飾り・九段飾りと最上段に内裏雛を置くという飾り方でした。

明治以降になって、雛人形も全国的に同じ傾向になりました。

 

詳細は ↓↓

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

 

お子さまの初正月飾りの破魔弓・羽子板、2017年度雛人形予約会を11月1より営業いたします。

 

羽子板・破魔弓:11月1日~12月29日

ひな人形:11月1日~2月24日

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ひな祭り・雛人形の由来と歴史 Ⅳ 雛売と雛市 ♪

江戸風俗の中で、特に取り上げたいのが、雛売と雛市

京都でうまれた雛遊はあくまでも貴族生活の一部で、京都の雛遊をもたらした一人に春日局かすがのつぼねがあげられます。

京都から江戸へ雛遊が移入され、民間でも3月3日に定期的に行うようになったのは、大体寛永の末期ごろ(1640年)と言われております。

そして雛遊という呼び方から雛祭という呼び方に変わったのは享保(1716年)以前と言われていますから、江戸に移入してからもかなりの間雛遊と呼ばれていた訳です。

 

雛売り

雛市は開催される特定の場所まで買いに行かなければならないが、雛売りは移動販売の便利さがあり、2月中旬から「乗り物ほかい雛の道具」と呼んで、葛籠を両掛にして、売りに来たものです。

雛売りも寛政(1789年)の頃には姿を見るもなかったとされますので、雛市におされたとものと思います。

人形はおやま人形で、たけが4・5寸(約12cm)から、8・9寸(約24cm)までといいますからさほど大きくもなく、内裏雛、小人形、雛の道具などが見られます。五人囃子は天明(1781年)頃になって登場します。

雛市

雛市は享保(1716年)に開市されたものらしいといわれ、十間店(じっけんだな)は後に十軒店となった。

つまり、十間を限って出店が許され、場所は今の日本橋室町二丁目、三丁目にあり、雛人形の集散地でした。

安永(1772年)頃には雛市は十軒店の他に尾張町(現在の中央区銀座一丁目)にも設置されています。

寛永(1789年)頃からは、浅草茅町、池の端仲町、麹町、駒込などにも雛市が開かれています。人形のまち岩槻 小木人形 雛人形・ひな祭りの歴史と由来

 

詳細は ↓↓

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

 

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ひな人形:11月1日~2月24日

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ひな祭り・雛人形の由来と歴史 Ⅲ ひいなあそび ♪

三月三日(必ず巳の日には限らない)の上巳の祓いと、雛遊が結びついて、後の雛祭となります。

紫式部や清少納言が活躍した平安中期ごろは、宮中や公家の家々では「ひいな」の遊びが盛んでした。

上巳の祓いじょうしのはらいとは別に雛遊という人形をもって遊ぶ児戯があります。

これを「ひいなあそび」と呼んでいます。

これについて本居宣長は、ちいさく造ってあるので鳥のひなにたとえて雛というと、言っておりますが、もともと京都が発祥地で「ひいな」は京都のなまりとする方が自然のようです。

雛遊びが初めて史書に登場されたのは貴族の大人を対象とした遊びにあり、これが子供たちの世界にひろまったのは、かなり早いようです。

この雛遊が雛祭に発展していったとみる根拠は、ひいなあそびのひいなが進化したものと見られることにあります。

また、

雛遊が単なる子供の「ままごと遊び」と違うところは、必ず男女対の人形を使っている事です。

三月三日(必ず巳の日には限らない)の上巳の祓いと、雛遊が結びついて、後の雛祭となります。

室町時代になって、豪華な男女一対の人形を贈答する風習が起こり、三月三日の夜は枕元に置き、翌日には寺、神社でお祓いをお願いし、雛収めを済ませ、また翌年には三月に取り出すと言う習慣が定着しました。

 

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雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

 

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ひな祭り・雛人形の由来と歴史 Ⅱ 三月三日のひな祭り ♪

三月三日になぜ女児のお節句(節供)でひな祭りをするのか?

雛人形のルーツは中国渡来の「上巳(じょうし)」の節句です。

中国では昔3月3日に水辺にて身を清め、穢れ(けがれ)を祓う習慣がやがて日本にも伝わつたもので、桃花節(とうかのせつ)とも言われました。

この‘巳の日祓い’をいつからか三月三日として行うようになりました。

持統天皇の五年(691年)には上巳を三月三日としている文献があります。

こうして三月三日にお雛祭りをするのは、お祓いの行事との関わりの有る事を知ることが出来ます。

3月の最初の巳の日(上巳の日)にお祓いが行われ、人形を舟に乗せて海の沖合いに流すおお話があります。

——平安貴族たちは、三月の巳の日に、疫病など流行やすいと言うことで、占い師により無病息災を祈願する行事、人形(ひとかた)・紙・土・草・藁などで簡単な人形(にんぎょう)をつくり、お酒やお供物を添えて、病気や災いを身代わりに背負ってくれますようにと、願いをこめて川や海に流しました。

また一方、そうして貴族たちの風習はこのように農耕時期を前にして農民にも広がって行きました。

そのうちに都の貴族の大人たちの遊びの雛遊が早いうちに貴族の子供たちへと広まりはじめました。

子供の『ひいなあそび』の習慣と水辺の行事‘巳の日祓い’と一緒になり、3月3日のひな祭りとして定着したのは江戸時代。

しだいに雛人形は豪華さを増し、部屋に飾っておくものになり、やがて、武士をはじめ一般庶民にも広まり今に伝わる思い、女の人のいろいろな穢れ・災いの身代わりになる大切の物として人の世のしあわせを願っての3月3日の雛祭りの行事となってゆきました。

 

詳細は ↓↓

雛人形(ひな人形)、ひな祭りの由来と歴史

 

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ひな祭り・雛人形の由来と歴史 Ⅰ 形代で災いを防ぎます!!

雛人形のルーツは中国渡来の「上巳(じょうし)」の節句です。

雛人形は長い時間をかけて女の人が人形によせる心と上巳の祓いとが一体となり形成されたものです。

 

人形ひとかた形代かたしろとは人、動物などを模した形を形取り、それに病気や穢れ、悪いものを移して身代わりになってもらうもののこと。

源氏物語、須磨の巻にある千年ぐらい前のお話しに出てくる行事で、光源氏が海辺に出て陰陽師(占い師)により祓いをし、紙を切って人の形に作り、その紙で体中をなでて、病気やけがれをこの紙の人形に移して、船に人形を載せて他界に流したとされています。

 

ひな祭り 日本の伝統行事 水辺の行事の無病息災を祈願しての『巳の日祓い』と『ひいな遊び』が一体となって生まれました。

雛人形は女の子の幸せを願う親心で飾ります。

雛人形はいろいろな穢れ、災いの身代わりになる大切なものとして長い時間を掛けて培われ、現代も女の子の幸せを願う親心で飾ります。

詳細は ↓↓

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10月20日は『恵比寿講』 家運隆盛を願います ♪

福徳の神様 恵比寿さま

風折烏帽子をかぶり、大きな鯛を抱えている様はまさに、福徳の神様です。

旧暦10月は神無月、諸国の神様たちが男女の縁結びの相談に出雲大社に出かけ、留守を恵比寿様が恵比寿様 えびす様守ってくださっているとか。

恵比寿様の慰めるようにしたことから始まったそうで。

 

 

えび 恵比で鯛を釣る』という小海老を餌にして釣り上げることから、わずかな元手で大きな利益を得ることから商人には商売繁盛、漁師には豊漁の神様、農家では豊穣の神様として信仰があります。

皆様もご家族で恵比寿様にお参りされてはいかがですか。

 

 

 

 

破魔弓・羽子板、雛人形は2016年11月1日オープン予定です。

 

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菊の花盛り 重陽の節句

新暦10月の半ばは旧暦の9月9日の重陽の節句に当たります。

江戸時代になると、五節句の一つ『菊の節句』として広まって行きました人形のまち岩槻 小木人形 ひな祭りと雛人形の由来と歴史 菊花酒

重陽の節句の宴には菊花酒を飲み、詩を作り、髪には菊を挿したと伝わります。

髪に草花を挿すことは魔除けの意味があるようです。

菊は特に日本人は好む花で昔から高貴な花として、尊ばれてきました。

  • 菊花酒

菊の花びらを浮かべたお酒、邪気を祓い、長寿を祈る意味がございます。

  • 菊湯

10月は季節の変わり目、体を内側から温めると良いようです。血行促進、芯まで温まります。

破魔弓・羽子板、雛人形は2016年11月1日オープン予定です。

 

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