ひな祭り、雛人形の由来と歴史 『 雛売』

雛売

『乗物ほかい、雛の道具』と呼び歩く雛売

京都から江戸へやってきたひな祭り 『雛売』

雛市にはそれが開かれている特定の場所まで会に行かなければならないのが、雛売りは移動販売の便利さと、比較的生活水準の低い人たちが利用したといわれます。

しかし明和(1764年)安永(1772年)に見られた雛売りも寛政(1789年)の頃には姿を見なかったといいますから、雛市におされてしまったものと思われます。

二月中旬から『乗物ほかい、雛の道具』と呼んで、葛籠を両掛にして、売りに来たものです。

人形は、おやま人形で、たけが4.5寸(約12cm)から、8.9寸(約24cm)までといいますからそれほどおおきなものでなく、内裏雛、小人形、雛の道具などが見られます。

五人囃子は天明(1781年)頃になって登場します。

 

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雛祭り・雛人形の由来と歴史 No3

雛人形の頭作り

京都から江戸へやってきたひな祭り

京都で生まれた雛遊はあくまでも貴族生活の縮図でした。

京都の雛遊を江戸へもたらした一人に春日の局(かすがのつぼね)の名が見られます。

こうした雛遊が、そのまま民間に浸透していったという見方と、他方では民間で芽生えた信仰が地方色豊かに存在していて、そういう幸の神を祀るかたちは、必ず男女対の像があって、婚姻、安産、育児の祈願の対象となっているのが、ひな祭りに転化されたという見方があり、それぞれの根拠がありますが、ここでは割愛して、お話を進めます。

京都の雛遊が民間で芽をふいているのは江戸よりはやいのではないかといわれるのは、雛人形の工作舎が宝暦(1751年)まで江戸に少なく、京都が独占していることからです。

京都から江戸へ雛遊が移入され、民間でも三月三日に定期的に行うようになったのは、大体寛永の末期頃(1640年)といわれております。

そして雛遊からひな祭りという呼び方に変わったのは享保(1716年)以前と言われていますから、江戸に移入してからもかなりの間雛遊と呼ばれていたわけです。

江戸風俗の中で、特に取り上げたいのが雛売りと雛市です。

 

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2015人形のまち岩槻まつり

ジャンボ雛段

おひなさま十五人がそのままのお姿です。

小雨の降る中に岩槻まつりが開催されました。

岩槻まつり恒例の黒奴行列・人形仮装パレード、ジャンボ雛段はもちろん大勢の見物人形のまち岩槻 人形仮装パレードで賑わいました。

お子様の仮装はとっても可愛いです。

 

 

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雛祭り・雛人形の由来と歴史 No2

雛人形七段飾り

ひな祭りの風習が一般庶民に浸透されたのは、江戸時代中期以降

人形のまち岩槻 小木人形 雛人形雛遊(ひいなあそび)が教えるもの

上巳の祓とは別に雛遊という人形を持って遊ぶ児戯があります。

これを『ひいなあそび』とよんでいます。

これについて本居宣長は、ちいさく造ってあるので鳥のひなに例えて雛というと、言っておりますが、もともと京都が発祥地で、『ひいな』は京都の鉛とする方が自然のようです。

雛遊びが初めて史書に登場したのは、大人を対象としたもので、貴族の遊びに見られます。

これが子供の世界に広まったのは、かなり早いようです。

この雛遊びがひな祭りに発展していったとみる根拠は、ひな祭りの人形が、ひいなあそびのひいなが進化したものと見られることにあります。

また雛遊が単なる子供の『ままごと遊び』と違うところは、必ず男女対の人形を使っていることで、夫婦の純潔の道徳を心に植えつけ、雛道具は、婦女子の世帯の教訓、嫁入り道具を意識したものと言われています。

三月三日の上巳の祓と雛遊が結びついて、後のひな祭り

 

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雛祭り・雛人形の由来と歴史 No1

天児(あまがつ)

「天児」はT字形に組み白絹製の頭の部分をつけ、祓いに用いられる人形の一種。平安時代からある。

これに赤ちゃんの産着などの衣装を着せて゛けがれ゛のお祓いの形代(カタシロ)としました。

みそぎ、はらいの神事を源としたひな祭り

大きな河川も、その源を訪ねると、いくつもの小さな流れがあって、そのいくつもの流れが合流して、次第に形をなして遂には一つの大きな流れとなります。

歴史の流れも同じで、ひな祭りの源も、いろいろの神事、行事、信仰があって合流したものです。

ひとつに『巳の日の祓』がありました。

巳の日祓とは三月の巳の日に行なう祓いのことで、撫物(なでもの)でからだを浄めて、河原に出て祓いを行うことをいいます。

撫物(源氏物語、須磨の巻に登場)は、紙を切って作ったもので人のかたちをした、人形(ひとがた)、形代(かたしろ)とよばれるものです。

のちに撫物の変形としてつくられたものに、天児(あまかつ)、婢子(ほうこ)があります。

両方とも小児誕生の時につくられるもので、幼児を襲う穢れ(けがれ)や、災いを負わせるための形代で、男女の別なく、天児は主として宮中で、婢子は民間で使われていたようです。

これが後の立雛によく似ているところは、見落としできません。

こうして人形に穢れや災いを負わせ風習が、現在も行われています。

鳥取県の流しびなが有名ですが、人形のまち岩槻でも毎年行われています。人形のまち岩槻 流しびな

上巳の祓を三月のはじめの巳の日と決めて不祥をはらうことは、前にも述べましたが、これを三月三日という一定の期日に決めた最初は不明ですが、持統天皇の五年(691年)には上巳を三月三日としている文献があります。

つまり上巳の節句の始まりです。

 

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8月20日伝統的七夕 七夕の星

夏の大三角

伝統的七夕の星空

七夕の夜空を飾る星々に願いを託し、美しい星空を楽しみましょう。

2015年8月20日 20時頃(東京)
日の入り   18時25分
薄明の終わり 19時57分
月の入り   21時19分

天の川を挟んで織姫星と彦星、そして上弦に近い月が輝きます。

「わし座」の一等星アルタイルは「彦星

「こと座」の一等星ベガは「織姫星

天の川の真ん中で明るく光っている星が、「はくちょう座」の一等星デネブです。

七夕は『乞巧奠(きっこうでん)』巧みを乞う奠(たくみをこうまつり)で織物や針仕事を上手になりたいと願う中国の星まつりの行事が日本に伝わり宮中の行事となって彦星・織姫星にお供え物をして、技芸の上達を祈りました。

2015年は8月20日を中心に「明かりをけして 星をみよう」をスローガンに掲げてキャンペーンを展開します。 

 

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おひなさまの飾り方 内裏雛の並べ方

関東の方は何か、昔の内裏雛は向かって右が男雛、左が女雛なのに、今は雛飾りは反対に飾られていると思いませんか。

日本には昔から左尊右卑の思想がありました。

左大臣は右大臣より上位にあり、将軍、大名の御座所で、殿様は左に奥方は右にならぶのは、テレビなどで良く見かけると思います。

内裏雛の並べ方もそのため上記のようでしたが、昭和初年になって御真影(天皇さま・皇后さまのお写真)が向人形のまち岩槻 小木人形 雛人形かって左に天皇さま、右に皇后さまをかかげたので、同じようにしてはどうかという意見がでました。

そこで昭和初年、東京雛人形卸組合が、今後、内裏雛は御真影と同じく、向かって左に男雛、右に女雛と統一することを決めたのが、今日に至っています。

したがって昭和以前の雛飾りは、今と逆の並べ方で飾られているところもあります。

特に関西方面では昔のしきたりそのままを飾っている所が多いようです。

 

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雛人形の文様 繋ぎ文様

雛人形の衣装 亀甲繋ぎ文様(姫の表着)

日本の文様は基本の一つの単位の文様を変形したり、組み合わせたりして多くの文様を生み出した。

その一つに『繋ぎ(つなぎ)文様』をご紹介いたします。人形のまち岩槻 小木人形 雛人形

亀甲・七宝を一つの単位として繋ぎ合わせ平面に充填する文様。

また、上下に連ねて縞模様を構成する。

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伝統的七夕の夜を楽しみましょう♪

伝統的七夕ライトダウン2015キャンペーン

2015年の伝統的七夕の日は、8月20日(木)です。

日  程  : 2015年8月20日(木)とその前後 (国立天文台の計算による)

「伝統的七夕」は、かつて七夕行事が行われていた本来の七夕にあたる日です。

お子様の行事 七夕

国立天文台は、太陰太陽暦(いわゆる“旧暦”)の7月7日にちなんだかつての七夕を「伝統的七夕」と呼び、2001年から広くお知らせしています。

その日付は、二十四節気の処暑を含む日かそれよりも前で、処暑に最も近い朔(新月)の日から数えて7日目、としています。

現在使われている暦は太陽暦ですので、伝統的七夕の日付は毎年変わります。

 

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岩槻区誕生10周年記念 2015人形のまち岩槻まつり

人形のまち岩槻まつり ジャンボ雛段人形のまち岩槻まつり 雪洞

昭和51年から始まった岩槻まつりは今年で40回目を迎えます。

最大の見どころとなっているジャンボ雛段は幅10メートル、高さ8メートルあり、昭和63年から始まりました。

小木人形の大きな雪洞が毎年飾られています。

子どもみこし、大人みこし、万燈みこしに加え、人形仮装パレード、ジャンボひな段、よさこいフェスタ、黒奴行列など、多彩なイベントが行われます。

 

  • 15:05〜 太田小学校・岩槻小学校(鼓笛パレード)
  • 15:15〜 岩槻黒奴保存会(黒奴・稚児奴行列)
  • 17:00〜 子供みこし渡御
  • 17:55〜 岩槻黒奴保存会(黒奴行列)
  • 18:15〜 大人みこし渡御
  • 18:30〜 人形仮装パレード

日時   8月23日(日) 15:00~21:00   ※雨天決行

会場   旧岩槻区役所跡地、岩槻駅東口前、市宿通り周辺

アクセス 東武アーバンパークライン(野田線)岩槻駅東口から徒歩すぐ

問合せ:人形のまち岩槻まつり実行委員会/さいたま商工会議所岩槻支所

電 話:048(756)1445

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